第12話 少年たちよ、有名になれ
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| 吉野作造は後輩たちにどんなメッセージを残したのでしょうか。
第二高等学佼時代、古川に帰省し、古川中学(現古川高校)の後輩たちとの話のついでに吉野は以下のように言ったそうです。「昔から山紫水明の地は偉人を生むという。しかしこの古川の地は山もなく川もない、田んぼの真ん中の一小都市に過ぎない。だから諸君は自ら偉くなって、この故郷の地を天下に有名にしなければならぬ」と。古川出身者が有名になればその故郷が有名になるということですが、仙台で会国各地から来た高校生たちと出会い、吉野自身が肩身の狭い思いをしていたのでしょう。この言葉は後輩たちへのメッセージであると同時に吉野自身のひそかな願いでもありました。
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| 大学教授となり、学生が著書にサインを求めてやって来ると「人生に逆境はない。どんな場合でも人と世のために尽くしうべき機会が潤沢に恵まれている」と書きました。キリスト教精神に裏打ちされたこの言葉は、どんなことがあってもまず他人の役に立つことを行おうとした吉野の姿勢そのものでした。
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| 吉野は晩年他人に利用されかけて家族がそれに怒ったときも「人間は利用される方がいいんだ。利用される間は世間から忘れられていないという証拠になるから」と言って逆に家族をたしなめました。その精神は、死後たくさんの人たちが生前の遺徳をしのんだとき、多くの教訓を残った者たちにもたらしました。 |
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