演劇画報「先づ観劇料を」 著者:吉野 作造
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私は先づ現在の芝居は高過ぎると思ふ。芝居ではないが、ベルリンでカルーソーを聽いた時二十マルク(日本の約十圓)取られた。カルーソーも高かつたが、日本の芝居はより以上高い。
一昨年位まではよく芝居を見た。此頃はまるで見ない。東京劇場をのぞいてみない程度に御無沙汰してゐる。と云つても芝居に興味を失つた譚ではないのだ。此頃、健康を害してゐて思ふに任せないからである。夜の外出が一番身體にきくので逐ひ見たい芝居も見ない。
私は芝居を、本當の娯楽と云ふ氣持で見に行く。そう云ふ態度がいゝか惡いかは別問題だが、少なくも現代とかけ離れてゐるとか、不自然だとか、不合理だとか、そんな考は一切持たないことにしてゐる。從つて、私は芝居らしい芝居を好む。歌舞伎劇は決して滅ぶものではない〜そう、私は私の立場から考へてゐる。 |
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菊五郎、吉右衞門、猿之助なぞの芝居が好きだ。内容から云ふと明るいもの、芝居らしいもの〜だから、所作物なぞ特に好きである
本郷座が映畫館になる前、築地の連中で、『阿片戰争』と『吼えろ支那』を見物した。『吼えろ支那』は面白かつた。しかし『阿片戰争』には困つた。英國の議會や、そこで為される演説なぞは、寧ろ滑稽で見てゐられなかつた。左翼の芝居〜新劇の人達の芝居も、あの人達の主義なり、思想なり、本氣さなりを買つて見さへすれば屹度感銘があるのだらうが、此方の氣持が娯樂に行くのであり、精養軒へ食事に行くやうな氣持で行くのだから、餘り下手だつたり、見苦しかつたりするとやりきれないものと見える。
私は身體が虐弱なので、聲も細い。私はこれでは困ると思つた。私の講義が生徒に聽えないやうなことでもあつては相濟まない、と思つた。そこで私は如何に貧弱の聲を擴大すべきかの研究に從事した。聲の練習をやつた。私はこの練習が或る程度まで成功した、と信じる。恐らく、私の講義は三千人位の人に聽いて頂ける程度になつた、と思ふ。所が單に聲と云ふ問題だけでも新劇の人達の研究はつんでゐない。私は小山内君の在世時代よく築地小劇場へ見物に行つたものだが、あの小さい劇場でさへ、半分から後の椅子に座ると役者の聲が聽き取れない。舞臺の群衆が興奮して叫ぶ時の臺詞なぞ、一體何を云つてゐるのか聽き取れないのである。小山内君も何處かで論じてゐたやうだつたが、新劇の人達は、先づ発聲法から稽古してかゝる必要がありそうだ。聲量のあまり豊富でない菊や吉の聲が、大きな歌舞伎座の隅々まで聽えるのだ。聲だけ比較しても即ぐに相違が見出される位だから、その藝に就いては比較するまでもない話で、〜夫でこそ、私は歌舞伎の役者、或は舞臺から充分悦はされるのであらうと思ふ。
私はパリにゐた時分は、一週間の變り目毎にグランド・オペラを見物した。あそこには『旅人のための席』がもをけられて居り、七フラン七十セント(三圓弱)位の値段で見物出來、その上に、この席に限り、燕尾服、デコルテと云ふやうな禮装を必要としない便宜があつた。『旅人の為の席』は二階の後方にある。しかし日本の歌舞伎座のやうに馬鹿馬鹿しく大きな建物ではないから、充分臺詞を聽き、こまかい音律を耳にし、俳優の顔を見ることが出來た。…
以上『劇場に對する要望』に對して、二三の使唆を與へた積りである。尤も、此頃の劇場に接近してゐないから、より實際的な注文の出來ないのは遺憾である。そして、實際的な注文としては、劈頭に述べた通り觀劇料があまりに高いと云ふ一事に盡きるのである。
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