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| 吉野作造は生誕120年を迎えました。記念館も開館4年目を迎え、少しずつ吉野に関する資料も増えてきました。
そこでこれから12回にわたって、吉野作造がどんな人物でどんなことをしたのか、どんな人たちと交流したかを紹介します。 |
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第2話 吉野は古川野球の先駆者だった!?
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吉野作造は幼少のころ、芝居小屋の太鼓の音に驚いて泣き出し、お父さんが心配するほど体の弱い子供でした。
このような吉野ですが、スポーツとは意外とかかわりが深く、特に氷すべり(スケート)は、留学先でドイツ人から「君のようなやせた男がよく滑るのを見ると、日本人というのはよほど強いんだ」と驚かれたほどの腕前でした。 |
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| また古川に最初に野球とテニスをもたらしたのが吉野です。明治30年7月、夏期休暇のため帰省中だった吉野ら高校生3人は、古川中学校(今の古川高校の前身)の生徒たちを集めて野球とテニスを教えました。これが古川で野球が行われた最初だったと、『古川野球史』という冊子にあります。教える側だった吉野の腕前がどうだったか、今では知るよしもありません。自身の回想の中でも野球にふれた記述はなく、自慢できるような技術ではなかったのでしょうか。
その一方でテニスは大学の助教授になってからも、暇をみつけては楽しんでいたことが日記にあります。道具も少なくて済み、相手がいればすぐにでき、忙しい吉野には最適のスポーツだったのでしょう。
このように吉野には、新しいスポーツを古川に紹介したという功績もあったのです。 |

旧制第二高校時代の吉野(写真前列右から2人目) |
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