
吉野のサイン入り本
「日本国法学」 |
中国に渡り、吉野とともに帰国した本があります。著者は吉野の大学の先輩、美濃部達吉、『日本国法学』という本です。この当時、吉野は妻子を連れて袁世凱息子の家庭教師として、中国天津に渡っていました。
吉野日記によれば、1907年(明治40)12月9日「かねて丸善に注文せる美濃部先生著『日本国法学』到着。」とあります。本の裏には「40年12月 吉野作造」と墨書きされているので、サインは購入時に吉野が書いたことがわかります。
この本は、講師をしていた北洋法政専門学堂という司法官養成の学校の授業に使用したものと考えられます。吉野は学校で国法学と政治学を担当していたからです。
一緒に講師をした友人の回想によれば、吉野は学校の人気者でした。それは、期末試験の際、中国高官の甥が、カンニングをしたことを断固として許さなかったためです。
当時の中国には、高官の親せきが不正をしても見過ごされる風潮があり、吉野の公平な態度は学生たちから好意を持たれました。
なお、『日本国法学』はその後、一旦、吉野の手から離れたものの、古川の古本屋により故郷古川に舞い戻り、当館に展示されています。 |